いまのぼくのゆめは、
おおきないぬとくらすことです。
たくさんあいしてあげます。
たくさんあそんであげたいです。
たくさんおしえてあげたいです。
たくさんさんぽにもつれてきます。
たくさんおいしいごはんもたべさせてあげます。
しんらいかんけいというものをきずきたいです。
おみせにもつれていきます。
かんばんけんとしてしゅうきゃくにつとめてもらいます。
とごしのまーけっとをかんがえると、
へたなこうこくにおかねをだすより、
ひようたいこうかにきたいがもてるとおもいます。
しょうらいしゅってんよていの、
「いざかやちゃぶだい」のじつげんにむけて、
ひやくてきではないにしても、
こうかはうむことになるとかんがえてます。
また、
とごしのまーけっとでは、
ちかのたかさはけねんざいりょうにはなりますが、
どっぐかふぇのじゅようも、
いぬとくらすみとしては、
あたまのかたすみにでもおいとかなければならない、
いわゆるにっちなんではないでしょうか。
じゅようのおおさをかんがえると、
ちかこうふつのえいきょうにともない、
たしょうめにゅーのたんかせっていはあげざるをえないですが、
おぺれーしょんにむだをなくす、
ふれきしぶるかつりゅうどうてきなかんがえをもつすたっふのかくほ、
などのこうもくをくりあできれば、
けっしてはいれないにっちではないではないかとかんがえます。
たてんぽてんかいもしやにいれて、
きぎょうりねんやきぎょうほうしんは、
しっかりとわかりやすいことばでつたえなければなりません。
おもいだけではひとはうごきません。
すたっふのせいかつやふくりこうせいにも、
しっかりとめをむけて、
おかねをかけなければなりません。
しょうらいにきたいがもてないわかものたちに、
すこしでもゆめやきぼうをもってもらえるようにはたらきかける、
これからのきぎょうの、
いや、おとなの、
ぎむであるとかんがえます。
すこしながくなりましたが、
ぼくのゆめは、
おおきないぬとくらしたいです。